細胞の不思議
ご無沙汰しました。
グチャラーとしとったとやろ。
いえ、いえ。いろいろとあったけど、ようやく癌のお話へ戻って来れたわ。
この前はどこまでやったかね。
癌は遺伝子の異常から起る。
細胞が分裂、増殖するときに起る遺伝子のコピィミスが原因。
だけど、すぐ癌化の道はまっしぐらではなくて、細胞にはコピィミスを正す修復機能がちゃんとある。
だからですね。癌はそもそも遺伝子の病気なんですよ。
でも、遺伝子の病気というと、遺伝病と思う人が多いわよ。
遺伝子の病気としての癌と、遺伝病としての癌はちがうとさ。そこらへんをはっきりさせとかんといかんさ。
思い出したわ。確かに親から受け継ぐ癌もあるけど、そういうのは子供の癌に多いし、大人に多い癌で遺伝するのは若い時に発症する例が多いんだって。
それにさ、癌遺伝子というのは誰もが持っているとよ。
へえぇ。
同時に癌抑制遺伝子も持っている。自動車にたとえれば、アクセルとブレーキみたいなもんさ。
なるほど。
癌遺伝子は父親と母親からひとつずつもらう。受精のとき、両親から一本づつＤＮＡばもらって子供の細胞が出来るメカニズムは覚えておるやろ？
精細胞や卵細胞ができるとき減数分裂する。
そのＤＮＡ一本ずつを両親からもらって子供の染色体が出来る。そこから次の世代が始まるとさ。
ヒトの細胞数は６０兆個というからすごい数の分裂増殖をくりかえすわけね。それなら分裂増殖のときにＤＮＡのコピィミスが起っても当然かもね。でも、ミスをしてもすぐに修復もできるんだ。
そういうことさ。ところが、その長い歴史の中ではミスしてホイ、修正してホイというマッチポンプが働かなくこともある。それが癌化の始まりと思えばよかたい。
そのコピィミスの引き金が、例えば強い紫外線とか、タバコのタール物質のベンツピレンなんかの発ガン性化学物質なんでしょ？
他にも発癌物質や促進するものはいっぱいある。そういうものがＤＮＡ上の塩基の並びをヘンテコリンにする。そのへんは皆、知識として知っておるやろ。
そうね。でもさあ、私は４０歳でタバコをやめたのに癌になってしまったなあ。あんたはまだ吸っているのに癌にはならない。不公平だわあ。
確かにタバコはいろんな癌に関係ある。でも、煙草を吸わないから癌にならんとも言えない。
そうなんだってね。
あんた、アポトーシスって聞いたことあるね？
細胞が自殺することだっけ。
そう。これもひとつの癌化をさまたげる仕組みさ。正常な身体の場合、癌になった細胞は必ず、自分で自分を破壊する仕組みがある。これがアポトーシス。
このアポトーシス遺伝子があるから紫外線を浴びてもタバコを吸っても、すぐに癌にはならんとさ。
そのアポトーシス遺伝子も壊れると癌になるんだ。
うん。だけど、さっきから言うとるように修復装置というか安全装置はいろいろある。
ああ、そうだったね。
それに、癌遺伝子と言われる物質がいろいろ発見されるけど、一つの遺伝子が一定の変化をすれば特定の癌ができるという単純なものでもなか。ただ、諸々の仕組みがすべてぶっ壊れて初めて癌になって行くとさ。
フーン。すると、老齢化して出る自然癌とか、中年以降の癌の原因は環境因子が原因とするのが妥当なんだ。食生活だの、仕事だのいろいろあるけど、中年の場合はストレスがやっぱり一番の原因かね。
ストレスも原因のひとつで、それに諸々の原因が重なるからと理解しておけがよかたい。
ところで、今度は癌細胞の成長プロセスなんだけど、表にしてみたのよ。ＦＡＸで送るわ。
届いた？
ちょっ、ちょっと待ってくれんね。
そのガサガサという音、電話だとけっこう響くわねえ。
お耳を汚しですんまっせん。
いえいえ、どういたしまして。
あ、いいよ。開いたよ。
| 癌細胞の個数 | 大きさ | 状 態 | |
|---|---|---|---|
| 1 | １個 | 10ミクロン | 無に等しい。 |
| 2 | 1000個 | 100ミクロン | まだ無に等しい。 |
| 3 | １００万個 | １ミリ | その存在すらわからない。 |
| 4 | １億個 | １センチ | ようやく見えてくるが 症状は出ない。 |
| 5 | ？個 | 約３センチ | 症状が出る。 早期。 |
| 6 | ？個 | １０センチ | 末期。 |
どう。わかりやすい？
まあ、わかりやすいんじゃござんせんか。
ええと。人間の細胞は６０兆個ぐらいあるそうだけど、その一つの大きさが１ミリの１００分の１だって。
異次元の世界だわねえ。
昔、映画で『ミクロ決死隊』ってあったねえ。
あれよりもっと不思議な世界って感じだわ。
あんた、さっさと本題に入らんね。
あらまあ、すみません。その表の４番目、つまり１センチの立法体になったところから現代医学では察知できるけど、現実ではよほど幸運でないと捕まえられないそうな。
なぜかと言えば？
まだ症状が出ないので本人は異常を感じない。だから医者へ行かない。
つまり検査ができない。運良く検査を受けても、検査する人の熟練度とか、機械の精度で見つけきらんことだって大いにあり得るという、ひどく現実的な事象でござい。
高校の同期生で会社の健康診断で胃癌が見つかったという人がいたわ。３センチぐらいになっていたけど、これでも早期なんだってね。
彼はラッキーだったと言えるね。癌検診の無意味を言う議論もあるけど、会社で検診をしてくれるなら利用した方がいいということさ。
１年前の健康診断では見つからなかったのは、まだ小さかったから見えなかったわけ？
もし１年前だったらどうだったかということを、あれこれ詮索するのは無意味だと私は思うね。だって時間は戻らんもの。見つかったときがその時さ。そしてそれからどう対処するかが大事たいね。
細胞は私たちの知らない所で活発に生命活動をしていて、その結果が見えて来てからの対応は、人間の理性が関わってくる。そう分けて考えると、癌を単に怖がってばかりいないで、どう向き合うかを考えた方がよさそうね。
ばってん、皆それが難しかとさ。さて次へ進まんば。
では、次へと参りましょう。→
