・本末転倒:１
残暑が厳しいけど、そっちはどう？
台風の影響でむし暑かったばってん、夜は少し涼しくなったごたッ。
ねえ。『低侵襲医療』って知ってるでしょ？
癌を切らずに治すってヤツやろ。あんた、よう知っとんね。
ＮＨＫで新しい医療のルポ番組を見たのよ。いかに副作用を少なくして、患者さんの肉体的、精神的な負担を減らすか。それに、経済的負担も減らすのが目的だってさ。アメリカのテストケースを紹介していたのよ。
ふーん。
肝臓癌の点滴治療と子宮筋腫の治療を取り上げていたわ。
どげんしとったね。
ちょっと待って、メモを見るから。
あんたの得意のメモか。専門家じゃなかけん、いい心がけでーす。
見え見えのお誉めはいらないわよ。
そりゃ、すんまッせん。冗談はともかく、新しい方法とは？
マイクロコイルを入れたカテーテルを血管に入れる。そこですい臓と胃に行く血を一時的に止めて、抗癌剤が肝臓だけに行くようにする。
胃やすい臓に抗癌剤は行かんから副作用が減るというわけたい。
もうひとつは収束超音波療法。温熱療法だってさ。周囲を傷つけず、腫瘍だけを焼き切る。これは癌にも使えるってさ。私の癌に使えていたら、お腹を大きく切らなくてもよかったのかなって一瞬考えたわ。でも、新しい方法が確立する前に癌になったのも、私の運命だって考え直したの。
そう考えるべきさ。それにさあ、新しい方法が全部の患者に使えるとは限らんとよ。特に癌の場合は従来の手術がベターだってことは多々あるとよ。
よく解っております。テレビで見た子宮筋腫の温熱療法だって、10％の人は子宮に炎症を起すらしい。
薬だってそうたい。あんたみたいに過剰反応する人には使えないのがあるでしょうが。それと一緒たいね。
うん、よく解る。それより問題なのは、新しい治療とか薬が紹介されると、もうこれで病気になっても安心って思う人が結構いること。あんたはどう思う？
そういうのを本末転倒と言うと。それにさ、医療器具は高価だから治療費はドーンと跳ね上がる。これまでは健康保険適用にすればそれでよかったけど、その健康保険が破綻しかかっとるんだから、そげん高度な医療にかからんですむように努力するのがまず第一さ。
まったくそうだわ。十年以上前のことだけど、ヘビースモーカーの会社のおエライさんがさ、心臓カテーテルを使ったバルーン療法を知って得々と言ったものよ。
『これで安心して煙草を吸える。心筋梗塞になってもこれで治るさ』
でもね。ヘビースモーカーの血管はボロボロになるから、バルーンを入れて広げたら血管が破れるかもしれないじゃない。そんなことより、禁煙が先よ。
アハハ。
糖尿病のおっさんも、遺伝子治療のことが新聞に出たら、俺はそれで治すからいいだってさ。バカだね、もう罹って十年以上も経つのに、食事療法もいい加減にして薬とか新しい治療法にだけ頼るなんて、本末転倒だわ。
私の感想としては、そういう人が実に多いとですよ。そういう輩に打つ手はない！
でも、真面目な患者も多いのよ。だから新しい治療法は開発されるべきよ。
そりゃそうだ。
ただ、自分がその恩恵に浴するかどうか楽観はしないで、毎日の生活、食事やら睡眠やらストレス発散やら、身近なことをまず見直す。アンタの持論だよね。私も賛成ですが……。
アンタの言うとおり。ですが、なかなかこれができないんだなあ。
でも、そう心がけようとしないと……。へへへ、これ以上突っ込むとお互いボロが出るね。
なんじゃ、その言い草は。私のことば言いたかとやろ。医者の不養生だって。
そうデース。
