・本末転倒：２
食欲の秋だわねえ。
ああ、そげんこと言いなさんな。また食べたくなる。
あら、いいじゃない。私は胃が弱くなって好きなものもあんまり食べられなくなったわ。昔の面影なしよ。
食が細くなったからって、サプリメントに頼るなんてことはしとらんやろね。
サプリメント。つまり『健康食品』。もちろん、使ったこと、あるよ。あんたも花粉を小さく丸めたのを持ち歩いていたよね。
私の場合は、学会とかで旅行したとき、ビタミン不足になるけん、そういうときに使うと。毎日の食事に組み込んではおらんよ。
なるほど。それなら、私は現在はサプリメントは使っておりません。
でも、験したことはあるやろ。花粉の他には何がある？
プロポリス。花粉と同じようにミツバチが集めたものよ。葉芽とか樹皮から集めてくる樹脂性の物質。
何でそげんものば使ったと？
三月になると花粉症で頭痛がひどかったのよ。で、これを数滴ずつ飲んだら、殆ど頭痛が消えたの。それで更なる効果を狙って量を増やしたら、肝臓を痛めちゃったわ。一週間ぐらいしたら、えらくだるいんで、内科のお医者さんで調べてもらったら、ＧＯＴとＧＰＴの値がいつもの二倍くらい高くなっていたわ。
そうなると、サプリメントではなくて劇薬たい。
同じミツバチさんからもらうものでも、花粉とえらい違いだわ。でも、当たり前なのよ。プロポリスってのは、ミツバチが蜜蝋で巣を作るとき、あの八角形のブロックをくっつけたり、隙間を埋めたりして、セメントの役を果たすんだけど、ものすごい抗菌力、殺菌力があるんだって。
量が多けりゃ毒となるから、肝臓でせっせと解毒する。だから、肝臓はいつもより疲れてしまうわけさ。
なるほど。あとで注意書きを読んだら、「体重10Ｋgに対して１滴」とあるじゃないの。まだ癌になる前で今より体重が多かったけど、５滴でいいのに、８滴ぐらい飲んでいたの。ぞっとしたわ。
それで、そのプロポリスとやらはまだ使うとると？
使ってるよ。でも、口からは入れない。
何？ どげんして使うとね。
ヨードチンキ代わり。切り傷なんかの消毒に使うのよ。
エッ。
ほら、抗菌、殺菌力があるって言ったでしょ。飲むのは止めたけどさ、捨てるのはもったいないじゃないの。だから、外用しておりまーす。これが、またよく効くし、ヨードチンキより治りが速いような気がする。ううん、気がするんじゃなくて速いわよ。
そういう使い方、私はあんまり賛成せんね。ちゃんと医者に行かんばねえ。
ウフフ。あんたはやっぱりドクターだわ。
どげん意味ね。
いや、文字通りの意味でしてね。一般的にドクターはサプリメントに対して否定的だそうだけど、花粉を口にするあんたでも、どこか胡散臭いと感じているように受け取れたのよ。
ものによりけりさ。私がときどき食べる花粉なんてのは、ビタミン剤よりましさね。人工的な薬じゃなかもん。こういうタイプのサプリメントは、病人とか、病後でなかなか食事から栄養が摂れない人には強い助っ人になると。
ドイツでは薬品として認められているのに、日本ではサプリメント、つまり『健康食品』となっているものもあるわよ。
何ね。
イチョウの葉のエキスや、サメの軟骨。
イチョウの葉のエキスはアルツハイマーにいいんだってね。サメの軟骨は血管新生を阻止するから癌に効くとか。癌にいいのは、ほら、茸類がいいというじゃない。何でも免疫力を高めるんだってね。
だから、そういう種類のサプリメントは医療と並行して使うといいわけで、サプリメントだけに頼っているわけじゃなかろ。
はい。そうです。
そこんところを注意せんと、本末転倒になるさ。「これを食べたら癌が治った」、「これで、末期癌が消えた」ってよく本のタイトルににデカデカと書かれとるけど、その前にいろんな治療もしとるやろが。その患者さんの背景だってあるしさあ。
サプリメントはピンからキリまである、それだけで万能ではない、ということか。
そう。そして、私が本末転倒というのは、もうひとつポイントがあると。
何ですか。おっと、ちょっと待って。私に言わせて。食生活がまず大事っていうんでしょ？ 栄養素も食物から摂らないとダメなんだってね。しっかり噛んで。
よう、わかっとるたい。
でも、日本人ほど、この数十年で民族の伝えてきた食事を捨て去った国民はいないんだってよ。
伝統的な和食っていうのは食材といい、料理法といい、理想に近い。欠点は塩分過多だから、そこに注意すればよかとにねえ。
テレビを見れば、健康指向の料理番組とグルメ番組が目白押し。しかも同じ局で両方を放映してる。矛盾しているよ。
節操のなかとさ。
じゃあ、私たちだけでも、そういう情報に惑わされないようにしなきゃ。私なんか癌も患ったし、退職したから、よっぽど食事に気をつけないとね。
いい心がけですたい。ま、頑張って。
ほ。あんたの得意の『頑張って』が出たところで今夜はお休み。