・払いなさいよ
今年は寒くなるのが早いわあ。おかげで風邪ひいちゃった。
あらあ、そいは困ったねえ。
寝て治そうとしたんだけど、やっぱりお医者さんへ行ったわ。
あんたは国民健康保険に変ったから、今までと違って負担額は３割になったやろ。
そう。平成１５年の４月からはサラリーマンも３割負担になるんだってね。
今年の１０月から老人医療費も変更になったよ。
あ、それで思い出した。お医者さんに行った帰りに調剤薬局へ行ったら、そのことで薬剤師と爺さまがごちゃついていたわ。七十代のむくんだように太った爺さまと、対する薬剤師はその人の孫みたいに若い女性。
なんばゴネたとね。
待たされたのがまず気に入らない。成分は同じだけど、前回とはちがう製薬会社のものを処方したんで、これまた気に喰わない。それが何とか収まって値段を聞いたら、いつもより高いんでますます気に喰わない。
薬剤師はちゃんと説明したとね。
一生懸命にしてたわよ。でも、私の印象では老人には早口だったみたいなのよ。それに、女の子は、ビクついている感じだったなあ。
その爺さま、いつも何かしら文句ばつける人じゃなかろうか。そいで女の子はビクビクしとったかもしれんよ。
かもしれないわねえ。で、説明が終わると、爺さまは無言で眼鏡をずり上げて、一回分づつに分封した粉薬を調べてんのよ。そんなの見たって違いがわかるわけないのにね。
全身から不機嫌がドボーッと流れ出しとったやろ。
そう。そんな感じ。ま、それでもどうやら納得したらしいの。ところが、値段を聞いたら怒ったのよ。
「薬の数も種類も同じなのに、こんなに高いのは初めてだッ」
十月から老人医療費が改正になったけんやろ。
私もそう思ったのよ。女の子は老人が持ってきたカルテを必死でひっくり返して、調べるんだけど、焦っているからなかなかラチがあかない。
値段はどのくらいね。
3200円ぐらい。そんなに高額じゃないでしょ。あの爺さまなら年金だって結構もらっているだろうし、払えないわけはないのよ。
退職したら威張る所がなかけん、相手ば見てふんぞり返るんやろ。
あの態度はそういう感じね。しばらくしてガラスの仕切りの向こうにいた若い男性が異変に気づいて出て来たの。こっちは三十歳前後って感じね。
それでも若かね。
さすがに慌てず、騒がず、カルテをパラパラめくって、何か探しあてたの。
「いいえ、前回より少ない金額ですよ。前回は病院の手違いでこちらでお出したものがあったから、いつもより高かったのですが、今回はその分減っています」
でも、爺さまは納得せん……。
で、彼はもういちど調べて、やっと法律改正が原因だと突きとめ、丁寧に説明したの。ところが、爺さまはぶすっとしたまんま。法律が相手じゃどうにもならないんで、ますますご機嫌悪い。
なんかきな臭かね。
イヤーな沈黙が続いて、ハラハラしたわよ。若い人たちが可哀想になった。カウンターに載っている薬を見ると糖尿病らしいの。利尿剤だの、インシュリンを詰めた注射器の箱だのあったもの。
健康診断で糖が高めだとか、いろいろ注意されても屁とも思わん輩かもしれん。そういうのがいかに多いか。実態を知ったらあんたなんか驚くよ。
放ったらかしておいて、病気になったら健康保険で安ーく、しかも最高の医療をしてくれと要求する。
そして、思ったように治らんと、医者ば責める。
お金はあるくせに払いたがらない。この爺さまだって、たった600円増えただけで文句言うんだもの。
そういう人は、糖尿病の怖さも解っとらん。いつも言うばってん、自分の健康は自分で護らんといかんとよ。自己責任。
もっとも、遺伝性の糖尿病なら話は別だよね。そういう場合は二十代とか十代で出る場合もあるし、本人の不摂生が原因ではないんでしょ。
そういう患者さんは可哀想かよ。糖尿病のメカニズムが解ってない昔は、子供でも死を待つばかりだったもんね。
そうなんだってね。でもさあ、その爺さまと薬剤師のやり取りを見ながら、私、別のことを思ったわ。
何ね。
私は医療費がかからないように生きて行く自信がないな、って。退職して２か月ほど経って病院で定期検査を受けたら、コレステロールがちょっと上っちゃったのよ。
まだ薬を飲むほどじゃなかろ？
うん。原因は生活の激変。運動量が減っているんでしょう。つまり生活習慣病よ。この習慣というのが自己責任になるんだと思うと、健康管理も難しいなあと思うわ。
しかしさ、そういう風に考えるなら大丈夫さ。そういう人は何とか方法が見つけようとするたい。その傲慢な爺さまみたいにはならんよ。
いやあね。あんなのと比較しないでよ。
これは、すんまっせん。
フフフ。じゃあ、またね。
お休み。