胃 袋
こないだ、母のお供で伊豆に行って来たの。ツアー旅行だから旅行会社がぜんぶお膳立てしてくれて楽だったわ。
そんでも、お母さんは元気かねぇ。いくつね。
今年の夏で八十四歳。背中は曲がったし、耳が遠くなたけど、使いこんだリュックを背負って、革の紐靴を履いて、サマになってたわよ。お供ったって楽なもんよ。
そんでも、思い出になるけん、よかことばしたさ。
ところで、一行は全部で14人。全員が女性。母が最年長で私が最年少。
ウヘッ。あんたが一番若かてね。
なーんか、妙な気分だったわよ。
ばってん、観光地はどこもかしこも、オバサンとオバアチャンでいっぱいよ。あんたのそのご一行も、考えてみりゃ、五十代から八十代やろ、ご多分にもれずってなもんやかね。
でも、添乗員が言うには、普通は一、二組の夫婦が入ってるそうよ。だから、ちょっぴり珍しいのかな。
しかし、女は元気かねぇ。
ホント。あの胃袋のスゴイこと。電車の中でもバスの中でも、喋るか食べるか、はたまた同時進行。でなけりゃ居眠り。出された食事は残さず味わう。胃の薬なんて金輪際不要。元気なはずよ。
お菓子を広げるのが楽しみで旅行に出るというオバサン、オバアチャンもおるたいね。
胃弱の私からしたら、羨ましいほどのたくましさ。年齢別に言うと、一行の半分は六十代らしいの。仲良し四人組と、二人姉妹と、親戚同士の二人。まだ活発で、色気もたっぷり残って、お化粧の効果有りってなもんよ。
フムフム。
その上の七十代は、二人組は一組で、あとは一人で参加してたのが二人。
七十代になると、生きとるばってん、病気で動けんごとなっとる人が増える。
一人で参加していた人たちは対照的だったわ。太った方は、いつも一緒だった相棒が死んでショックだったけど、やっぱり旅行が好きで参加したそうよ。腰が悪くて歩きにくそうにしていたけど、実によく食べていたわ。
あんた、景色よりそげんことば観察しとったとね。
だって、目に入るから仕方ないでしょ。初日、朝九時ごろの電車に乗るなり、高カロリーのデーニッシュを二つも平らげていたし、その後もお煎餅だの甘いものをつまんでいたわ。あれじゃ、太るのも当然。
フフフ。
もう一人は小柄で痩せているけど、胃は丈夫そう。動きもスピーディで若々しい。しきりに私に話しかけて来てた。私は耳の遠い母の様子を見ながら適当に相手をしたけど、一緒に写真を撮りましょうって誘ったら嬉しそうだったわ。
若々しいけど、やっぱ、さびしかとやろね。
この二人は七十代前半だとしても元気な方ね。二人組は何となく表情が鈍くて、いかにも年寄りじみていたわ。
ばってん、喋り出すと普通なんやろ。
よく解るわね。
そらそうさ。高齢者ばっかり診とるもん。
ただね。相手の言うことはあんまり聞いていないみたいよ。耳が少し遠いのか、自分のことが先なのか、個人差もあるんだろうけど……。
私らもいずれそうなると。
でもさあ、胃袋の強さは同じみたいだったなあ。私と母だけが、出されたものを用心しいしい食べていたわ。
ケッケッケッ。なんちゅう母娘じゃ。
消化器が弱いという点は似たらしいわ。
相性は悪くても母娘でござい。
ウフフ。でもね、このご一行が特別ではないらしい。しょっちゅうツアーに参加する母によると、とにかくみんなよく食べるんだってさ。
食べるしか楽しみがないか。
でもさ、あれだけ食べれば、太るし、血はドロリンコ、糖尿病浮上、高血圧だよね。で、医療費はかさみ、国民健康保険は破綻へと進むっていう構図が今さらのように得心が行ったわ。
ようわかったやろ。それに、検診の結果をどう受け止め、役に立てているか疑問たい。だから、検診は要らんという極論も出てくっとさ。
金儲けが透けて見える医療機関もあるしね。どっちもどっち。
結局、自分の健康は自分で守るのがまっとうなあり方なんだけど、バクバク食べて病気になったら健康保険で治してちょ、というのが染みついてしもうたとよ。
でもさあ、私にはたくましい胃袋がうらやましい。
ギャハハ。
では、今夜はこれで寝ましょ。
うん。じゃあね。おやすみ。