ああ、老化（２）
こんばんわ。そっちも暑そうね。
暑くて暑くて、なーもしとうなか。
わかるわあ。同じ気温でも長崎は湿度が高いもんねえ。じっとしていてもタラーリ、タラーリと汗が流れる……。
そう言いなさんな。ますます暑くなるたいね。
ごめん、ごめん。ところで、ちょっとショックなことがあったのよ。我が家の古い知り合いのおばさんがさあ。
どげんしたと？
ご主人を亡くしてから十年以上、一人暮らしをしてたけど、呆けちゃって施設に入ったというの。しっかりした人だから、まさかと思ったんだけど……。
そん人、幾つね。
母より上だから８８歳ぐらいかなあ。
そいなら、何かのきっかけで呆ける可能性はあるさ。仕方んなか。
事の次第はこうなのよ。
いつもは長女が様子を見に来るんだけど、その人が網膜はく離の手術で二週間ほど入院したの。手術もすんで、お母さんが心配だから電話したら、電話には出たけど気分が悪いって言うのね。で、とにかく玄関の鍵をあけさせて、救急隊に連絡して病院に収容してもらったんだってさ。
そら、よかったたい。ばってん、呆けたとは、他の原因のごたるね。
どうも、病院に入ったらホッとして気が緩んだんじゃないかって。躰はすっかり元に戻って元気になったけど、呆けは治らないみたいね。
しっかりした人でも、高齢やろ。一人暮らしは結構きつかったとやろ。だから、病院で全部面倒みてもらって張りの失せたとやろ。
とにかく、もう一人暮らしは無理だから、施設を探して入れたんだって。子どもたちっていっても、みな私より年上だし、病気もちだし、同居して面倒を見るのは無理よ。
そら、そうたい。介護、介護て言うばってん、生半可なことじゃなかと。家族がダウンするのが落ちさ。
昔みたいに三世代同居とか、お手伝いの人が何人かいるような家族ならできるかもしれないけどねえ。
しかし、あんたも人事じゃなかと思うとるんやろ？
うん。二つの意味でね。一つは、私の母だって今は頭も体もノーマル婆さんだけど、いつ変化が来るかわからない。
もう一つは私も一人暮らしだから、あのおばさんみたいなことが起こらないとは限らない。
その二つ目はお互いさまさ。あんまり長生きはせんほうがよかかもしらん……。
そうそう。そのおばさんね。ご主人が亡くなってから、気ままに食事をしていたら、知らない間に糖尿病になってたのよ。かかりつけの医者もどうかと思うのは、おばさんが目がかすむって訴えて初めて血液検査をしたらしいのよ。
そいはひどかねえ。ばってん、もうひとつ重大な原因があるたい。
わかってるわよ。
言うてみんね。
気ままに食事をしたことでしょ。
ようわかっとるやかね。
彼女はとってもお料理の上手な人だったのに、一人になったら、手をぬいちゃったらしいのね。その上、彼女のお父さんという人が糖尿病で亡くなったんだけど、彼女が結婚したあとのことで詳しいことを知らなかったんだって。だから、糖尿病にかかりやすい素質があるところへ不規則な食事を続けたものだから、病気が出たらしいのよ。
だ、か、ら、いつも言うとるやろ。生活のリズムを崩したらいかんって。
でもさ、彼女の世代の人だと、未亡人になって一人暮らしになったらどういうことを気をつけるべし、なんてこと、教えられてはいないんじゃないの？
教えても頭の中を素通りって人が多かと。こいが実態さ。好きなもんばっか食べて、太っても「食べることだけが楽しみ」と言わすけんね。
私は一人暮らしがウン十年、サラリーマン生活も二十年以上だったから、12時ごろになると必ず食事をとる習慣が染み付いているわ。これはいいことだと思ってる。
そういうことを理解して、老後を過ごすのが大事かと。
もうひとつ。会社に行かなくなると、どうしても運動不足になるから、それも気をつけてるわ。それでも、どうなるかわからないなあ。
私だってそうさ。あんたとちごうて、兄弟がすぐ近くにおっても、一人のまんま倒れて、発見されたときはあの世に行ってたってことだってあるとよ。
私はね、いつも覚悟してる。『末は野垂れ死に』だって。それでもいいの。私の人生がどうなるかは、私が決めることではない。でも、精一杯生きようってね。
そら、ご立派なことで。
やあね。茶化さないでよ。
ごめん、ごめん。あんたの言うのが正論ってわかっとるさね。
フフフ。あなたはお医者さまだもんね。あら、もうこんな時間。猛暑だから睡眠をたっぷりとって体力維持につとめなくちゃ。
ほんと、ほんと。じゃあ、お休み。
2006.8.11記