ああ、老化（３）
お久しぶり。元気にしてた？
あんたこそ、どうしとったね。こっちは相変わらずさ。
あんたもジジババ相手が長いよねえ。頭がはっきりしたお年寄りならいいけど、自分が検診で医者に診てもらってることもわからんようじゃねえ。
そげんグチばこぼす段階は、とうに過ぎた。今じゃあきらめの境地か。ウンにゃ、そうでもなかばい。気分の落ち込みがちいとも治らんから、相当のストレスになっとるごたる。
可哀相に、と言いたい所だけど、私たちもいつかは本物の婆さまになって、若い人からお荷物扱いされるんだろうね。
団塊のジジババか。
でも、私もあんたも『普通の団塊ジジババ』と一緒にされたくない。
そら、そうさ。私らはシングル。揚句は野垂れ死に覚悟。そこんとこの気構えが違うッたい。
私たちシングルは認知症になってなんかいられないわよ。でも、今はそう思ってるけど、知らないうちに脳が衰えてしまうんだろうね。
ま、仕方なかたい。それも覚悟のうちさ。
そうそう。認知症で思い出した。叔母から聞いた話。彼女は、温泉嫌いのくせにお仲間に誘われて行ったときのうそ寒いエピソード……。
ああ、ウチもこないだ友人と伊万里付近の温泉に行ってきたよ。古い湯治場で、地元の人がよう行く所で安かった。一泊４０００円とか４５００円でさ。お湯はよかったぁ。
へえ。脱衣所はどうなってた？ 籠に服を入れるの？ それともロッカー？
ロッカーやった。ばってん、なんでそげんこと訊くとね。
叔母が行った温泉旅館の脱衣所は籠だったんだって。ところがさ、お仲間の一人が温泉から上がって着替えようと自分の籠をみると、何と空っぽ。他の客がそういえば、さっき変な感じの人がいたって教えてくれたんで、あわてて呼び止めたんだってさ。
その変な人に盗まれたとね？
結果的にはそういうことだけど、ご本人には人のものを取ったなんて意識ないの。どうも軽い認知症のようだったんだって。
なるほど。
いろいろ問いただして、持っているものを出させると、自分のものと叔母のお仲間の人の持ち物を抱えている。
うえぇ。
下着はどうしたのかと思って、浴衣をはだけたんだって。
ケェーッ。嫌がって大声出されたとじゃなかね。
それが、恥じらいなんて消えて、ちょうど幼児がされるままになってるんだって。そして、自分のパンツの上に人のを履いてたんだってさ。
ウヘーッ！！
入り口の外にご主人らしき人が待っていたらしいけど、「それじゃどうしようもないわよねえ」って叔母は言ってたわ。
そげんことも起こるんやねえ。
男湯でもそういうこと、結構あるみたいよ。表沙汰にはなってないけど。これから、団塊ジジババの時代になるから、もっと大変なことになるんじゃないの。
こわかねえ。ばってん、何でそこはロッカーにせんとね。私が行く温泉はたいてい脱衣所はロッカーになっとるよ。
古い由緒ある旅館だと、問題が起こるなんて考えもしないて昔の習慣をそのまま踏襲してるんでしょ。
なるほどね。しっかし、問題が頻繁に起これば、ロッカーが当たり前になるかもね。
でも、そうなるとお湯から上がって自分のロッカーがわからない、鍵が開けられないとか、問題は尽きることなく噴出するんじゃないの。
ばってん。温泉は気持ちよかもんねえ。認知症の人にも入ってもらえるように、何とか工夫せんばさ。
私らは、認知症にならんように、せいぜい気をつけなくっちゃ。
先のことはわからん！ あんまり気にしなさんな。それより、あんたのお母さんがお元気なことを良しとせんば。
そうだわね。じゃあ、また。お休み！！
2006.11.18記